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モンゴル、遊牧民のおうちにホームステイ





約1ヶ月のモンゴルでのホームステイを終え、
モンゴルはどうだったと聞かれたら

僕はまず「寒かった」って答えると思う





モンゴルと言ったら青い空と大草原、あとは馬。

そんなイメージばかりで寒いなんてちっとも想像してなかった


でもモンゴル行きが決まり、調べていくとモンゴルはくそ寒いことが分かった

首都ウランバートルでも平気でマイナス10何℃、時には20℃台。


でもきっと乾燥とかしてるから体感温度はそこまでじゃないやろう、
それに実際そこでモンゴルの民は生活してる訳やから
きっとなんとかなるやろうって思っとった








でも前にも書いたけど、
ほんとにほんとに寒かった

大気が肌を刺すような感覚で「寒い」という言葉では表現しきれん感じやった
どちらかというと「痛い」の方が近かったかもしれない


信じられんくらい信じられん感じ



日にちが経つにつれ少しずつ温かくなっていったけど
もしかしたら慣れもあったかもしれんけど

始めのうちは10分、15分外に出るのが大変だった



写真を撮るためにグローブを外すと
1分で手がかじかんだ



初日、台湾で対モンゴル用に買った暖かい靴下を履いて
ホームステイ先に向かったけど、車の中にいても
足が凍ってしまったんじゃねーかと思うくらい冷えた






運転手のウンドゥルオーさんには

「そんな格好じゃあ寒いぞ。ちゃんと上着持ってんのか?」

って何度も何度も聞かれた



僕はその時すでにフル装備でそれ以上なんともならんかったけど

「大丈夫、大丈夫」

と答えた


あんまり大丈夫じゃないかもって思ってたけど
そう答えるしかなかった






ウンドゥルオーさんは
ホームステイ先に僕を送り届けて帰ろうとしたときに

「そんなんじゃ絶対寒いから俺の貸してやる」

と言って自分の上着とトラウザーズ(ボードのウエアーみたいなやつ)とブーツを僕に貸してくれた




僕はとんでもなくラッキーで、そしてウンドゥルオーさんはとってもとってもいい人だと思った







実際貸してもらった服もブーツもすんごく暖かくて、
もしそれがなかったら僕のホームステイ生活は1ヶ月間のゲルの引きこもりになっていたと思う


ウンドゥルオーさんには本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。














今回遊牧民のおうちに僕がお金を払ってホームステイさせてもらうことになったんやけど、
できれば僕は「お客」じゃなくて「家族の一員」になりたかった
だから「僕だけ特別扱い」は嫌だったしおうちの人と同じ生活を望んだ



ただ少し僕とおうちの人との関係性というか位置づけが分かりにくかった
まぁ始めから明確になってた訳でもなかったと思うけど。








基本的におうちの人から○○して!とか手伝ってって言われることはなかった

朝仕事の時間になると外に出て仕事を始めるんだけど
僕には「ついておいで」とかっていう言葉はなかったから
僕は勝手についてって勝手に仕事を見てる。
そんな感じだった

そういうことが多かった

だから退屈な時もあった






それからどうも「過保護」にされてる気がして
あんまり何もやらせてもらえなかった気がする

「○○はIGはしなくていい」
「○○は危ないからダメ」

ってよく言われた気がする


もちろん僕なんて仕事ができる訳じゃないし、言葉も分からんから細かいことも教えれんし
足ひっぱるだけの僕に仕事をやらせたくないっていうのは分かるんやけど
僕的にはもう少しなにか手伝えたらよかったなって思う







ただらくだの乳搾りをやらせてもらったり、子羊に乳を与えたり
死んだ山羊の皮を剥ぐのを手伝ったり出来たのはとってもいい体験だったと思う


それからやっぱり子羊や子ヤギの出産を見れたのは良かったし
放牧から帰る時のらくだレース見れたのもよかったしモンゴルでしか味わえない経験ができたのはよかった













礼儀、作法については少しびっくりした

モンゴルに行く前に遊牧民の人たちの礼儀や作法のことについて
ちょっと調べてたのでタブーはやらないように気をつけてた






「ストーブの中にゴミを入れない」とか

「ゲルを支えてる柱(バガナ)にもたれない」とか

「2本の柱の間を通らない」とか

「2本の柱の間から物をとったり渡してはいけない」とかっていうのは

大体の本やサイトにも載ってる基本的なタブーと思っていたけど
これらは意外に全然守られてなかった






お菓子や物を受け取るときは左手では受け取らないっていうタブーも
あって気をつけてたんやけど

あるとき、なんかで右手がふさがっててふいに左手で受け取ったら
お母さんに注意されたことがあった

それからゲル内でウンコ座りしたら注意されたし
ゲル内で口笛を吹いても注意された

1回ションコーが僕の足を踏んでしまったときは
すぐに握手を求めてきたし

今も守られてる礼儀、作法もあった




















モンゴル語でお父さんは「アーウ」お母さんは「エージ」って言うんやけど

ステイし始めた頃はそう呼ぶのがなんか恥ずかしくてなかなか呼べんかった



でも頑張ってそう呼んでみたら意外と普通の反応だった




おうちの人たちも同じで始めのうちはなかなか僕の名前を呼んでくれんかった

ションコーは年も近いし友達感覚なのか初日から
呼んでくれたけどお父さんはなかなか呼んでくれんかった


4日目だか、5日目だかにお父さんに「IG」って言われたときは嬉しかった








言葉の通じない遊牧民たちとの生活でコミュニケーションは大変だったけど

おうちの人は積極的に話しかけてくれたし
僕も頑張って話しかけた

言いたいことが全部伝わる訳じゃないけど、でもおうちの人とはうまくいってたと思う

わずかなモンゴル語の単語でのやりとりはおもしろかったし
通じた時は嬉しかった


ションコーとモンゴル語で歌を歌ったり
お父さんとお母さんのいないところでエロい話したり
近所のおじさんに
「俺の嫁をやるで結婚してモンゴルに住め」
ってからかわれたり
お父さんもお母さんも
「IGは歯が悪いね」ってバカにしてたくせに
実は2人とも総入れ歯で大笑いしたり
なにかと楽しかった



プライバシーのない狭いゲルでの生活だったけど
そんなにストレスも感じることもなかった









ステイ終盤にお父さんに

「IG、次はいつ来るんだ?」

って言われた

僕が2~3年後って答えると


「今回は寒かったろうから今度は8月においで。8月はいいぞ!」

「わかった。今度は8月に来るよ」

って言ったら

「今度は奥さんを連れて2人でおいで」

って言われた



当然のようにまたおいでって言ってもらえて嬉しかった













大きな期待と不安を持って臨んだモンゴルは
理想と現実のギャップにショックを受けたりもしたけど
モンゴルの青い空は想像以上にツキーんときた
明るくて温かい家族と一緒に生活できたこともよかった



その家族にまたおいでって言ってもらえたことだし
馬に乗ってモンゴルの広い大地を駆け巡るってことはやりのこしてるし
近い将来にまた行きたいなって思う




IMG_7251.jpg

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Re: 来モン

> モンゴル一ヶ月ホームステイ日記をよみまして、大変面白かったです。
> 一番気になったのがまたモンゴルにで訪れたのでしょうかということでjした。。。

再訪したいとは思ってますが、
まだ実現していません。。。

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    人生を賭けて飛び出した海の向こうで

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