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重い荷物を背負って

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今夜ベトナム・フエに向かうため
いつものように20数キロの荷物を背負い
ラオス・サバナケットのバスターミナルに向かった


バスターミナルの場所は把握していた
とても20数キロの荷物を背負っていけるような距離ではなかったが
夜6~7時くらいからお店が閉まりはじめてしまうほどの超朝方のこの
町で深夜にトゥクトゥクが捕まるか分からなかったし

ラオスのお金Kipはすでにバス代の90000を残し
きれいさっぱり使ってしまっていたので
今までの旅史の中でも全荷物を背負っての移動ではワースト3に入るほどの
長い道のりを歩いていった



はじめのうちはやはりそうでもなかったが
10分ほど歩くと体中が熱くなり
20分ほど歩くとTシャツの中で汗が流れ
30分ほど歩いたときには20キロを越える荷物が肩に食い込み
ヘロヘロになっていた


歩き始める前
2回くらい休憩しんと無理やろうなって話とったのに
前を歩く尚吾と藍は一向に休憩する素振りを見せない


歩き始める前は2回も休憩しんくても大丈夫やら!?
ノンストップで行るけっしょ!?

と思っとったけど全然甘かった


2回くらい休憩するって言ったやーん



って心の中で泣き叫びながら
必死で2人の背中を追った




わずかな時間しか歩いていないけどけっこうきつかった
余裕こいててすいませんでしたって感じだった



もげそうになる肩に全身系を集中させ
必死に歩いたがゴールはなかなか見えてこなかった

こんなに遠かったっけ?っていう疑問が
何度も沸いてきた




3分の2を越えたくらいだろうか


尚吾から


「どうする?休憩する?」


と聞かれ待ってました、その言葉を。って思ったけど


「休憩しよまい!」


じゃなくて


「休憩する?」


っていう聞き方やったもんでそこでウンって答えたら
俺だけひ弱で情けない奴みたいな
感じがして


「このまま一気に行っちゃおまい」


そう返事していた





なんて馬鹿なことを言ってしまったんだ、俺は。って思ったけど


一度行くって言ってしまった以上もうあとにはひけず
最後まで歩くしかなかった


1時間ほどかけてバスターミナルに辿りついたときには
1日引越しのバイトをしたくらいの疲労感があった



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バスターミナルに着きフエ行きのバスチケットを買い

バスを待った


こんな時に話すのは決まって荷物の話だ


荷物を軽くし旅を快適にするっていうのは俺らにとって
永遠のテーマであり
このネタは最後の最後まで続くだろう、とそんな会話もした

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バスを待っていると
煌びやかで豪華なバスに次々と人が乗り込んでいった


俺らのバスもあれくらいいいバスがいいな


そう思っていたがそんなハズはなかった


フエ行きのバスにはローカルバスとYIPバスがあり
お金の少ない俺たちは当然安い方のローカルバスのチケットを買っていたからだ




以前ラオスの長距離バスに乗ったときはもう30年以上は走っただろ?ってくらいボロボロで
だいたい全部汚いし座ると椅子はぶっ壊れるし座席の下や足元に荷物が積んであるもんでやたら

狭いし暑いのにエアコンはおろか扇風機もついておらず窓を開けるしかないし
その窓からは砂埃やらゴミやらくさい匂いが舞い込んでくるし
途中で小火みたいな騒ぎがでるしなかなか痛い目にあっていた


そんな経験をしておきながらも
目の前に安いバスと高いバスがあったら
安い方を選択するしかなかった

あの時のはたまたまで
毎回毎回ああひどいわけではないだろうって
思い込むしかなかった



しかしラオスは期待と裏切らないというか
なんというか・・・

やってきたバスは前と同じくらいボロボロで
座席はガタガタで
座席や座席の下にも荷物が積んであって狭く
そしてカーテンは真っ黒で全体的にホコリっぽかった




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俺は運良く1人で2席使うことができたのでよかったが
隣に人がいたら相当くるしかったと思う



バスは動き出してからやたら人やら荷物を積むために泊まっていたが
重い荷物を背負って2キロ以上歩いた疲れがきたのかすぐに眠りにつくことができた






バスが止まり目を覚ますと時刻は午前2時頃だった
客やバスの乗組員の多くがバスから降りていったので休憩かと思いトイレに行った



トイレの帰りにバスの乗組員に何時に出発するのか尋ねると”セブンオクロック”という返事が返ってきた

そのとき時刻は午前2時前だった


バスはすでに国境の手前まで来ていたのだが真夜中に国境を通ることができないので
国境が開く7時まで待たなければならなかった


この野郎!5時間あるじゃねーか!!
5時間遅く出発すれば国境手前で
長時間(国境までかかった時間より長い)待つ必要はないのにって思った



事前に尚吾と話した通り
動いているバスではよく寝れるのに
停まっているバスだとなかなか寝れんもんやなー
そんなことを考えながら音楽を聴いていた


いつしか眠りにつき次に目を覚ますと
両替のおばちゃんがデタラメな英語で
お金を換えないかとうるさく聞いてきた

朝の6時とか6時半に停まっているバスに乗り込んできて
どなりちらし寝てる人を起こすのはやめてほしい
それも複数で


こんなおばちゃんのとこで両替してもレートがよくないので
っていうかもうすでにKipは使い果たしていたので
寝たふりをして無視した


両替のおばちゃんズがバスから降りて行き
間もなくしてバスは動きだし
ようやく国境に着き再びベトナムに戻ってきた


ラオスの宿を出てから11時間が経っていた










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アジアの人々

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フエでの夜のこと

屋台で夕食を済ませちょっとまわり道して
ホテルへ戻ろうとする俺らを手招きする輩がいた

そこは漢方っぽい薬局で2人の男が路上に小さなテーブルを出し
お茶を飲んでいた

俺たちが立ち寄ると
ベトナム語でなんとか言いながら
ちゃっちいプラスチックの椅子に俺らを座らせ
いかにも身体に良さそうな中国茶を振舞ってくれた


彼らはゼロに近いくらい英語を話せなかったので
俺らが知ってるベトナム語を使い全力で会話した

俺らはその日はやるべきことがあったし藍の体調があまりよくなかったので
なるべく早めに帰りたかったが

話をしているとその店ナンバー1なのか健康に1番いいのかわからんけど
人差し指を1本立て「イチ」を強調しきっついウイスキーを出してくれた


お茶にしろウイスキーにしろ俺らがお猪口をあけると
すぐに次の一杯を注いでくれた

1人の男は若く俺らの1コ下
もう1人の男は41歳だったがこの中年のおっさんが
自分の掌に数字やらなんやらを書き
いろいろと俺らに話しをしてくれた


俺らが理解できずにいると
かなりゆっくり一生懸命に説明してくれたけど
ゆっくり説明されてもベトナム語はベトナム語で
ほとんど理解できなかった

それでも終始笑顔で
別れ際も「よく寄ってくれた、またいつでも寄ってくれよ」
みたいな感じで固い握手をしてくれた


なぜ自分と全く関係ない他人に
言葉の通じない外国人に
よくしてくれるんだろう

俺たちはただ歩いていただけなのに
なぜ温かく迎えてくれるんだろう



ホーチミンの路上で飲んでたおっさんといい

ニャチャンの屋台でベロベロに酔ってたおっさんといい

ミトーのおっさんたちといい

ホイアンのニーさん一家といい


全然関係ないのに

金をとるわけででもなく

手招きして呼んでくれ
誘ってくれ


お茶なりお酒なりご飯を振舞ってくれる



なんて温かいんだろう

なんていい人たちばかりなんだろう

ただ単に酔っ払ってるからだとは思えない





素晴らしいなアジアの人々は

俺はこういうのを求めてたよ

求めるものじゃないかもしれんけど


人の優しさ、温かみ、親切に触れれるのは旅の醍醐味だと思う



これからもそういったものに触れていけたら嬉しいし
そういう人に接していくことで

俺自身も懐の広い温かみのある人になっていけたらいいと思う







美しい夕日とクリスマスパーティ

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今日は12月24日


そう、今日はクリスマス・イヴ


日本は


いや

世界中けっこうどこでもクリスマスムードで
盛り上がることだろう



チキンをかじったり、ご馳走を食べたり
ケーキを食べたり、シャンパンやらお酒を
飲んだりジングルベルを歌ったり子どもはプレゼントを期待したりする

1年の中でもけっこう重要なイベント、クリスマス



そのクリスマスイヴの日に俺たちは

ベトナムの観光ビザ切れを防ぐため
けっこうクリスマスとは縁のないラオスの田舎にいた



普段は節約しながら貧乏旅行を続けている俺たちだけど
久し振りに3人再会したことやし
クリスマスくらいパーっとやるかってなって
パーティをすべく尚吾オススメの路上屋台に向かった




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まぁパーっとやるからってレストランとかでやるわけではないのだけど。



屋台に向かう途中


メコン川沿いの道に来るとのきれいな夕日が見えた



超オレンジ色に染まった空に雲で隠れたりしてないまん丸の夕日が
メコン川の向こうに沈んでいった
なだらかなメコン川に夕日が反射していてとても美しかった



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今まで見た夕日の中で1番感動した気がする
それくらいきれいなものだった


夕日が沈むころに一艇の船がメコン川を
走っていたけどその風景もとても絵になりよかった



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素晴らしい夕日を見たあとは素晴らしい食事



日本は今、鍋の季節で日本の友達はたくさんの鍋パーティをしたことと思う
東南アジアで旅を続けてる俺らにそんなものは食べれるわけもなく
ただただ日本の鍋を羨ましがっていた


でも今日は贅沢にもその鍋を頼んだ


クリスマス鍋パーティだ


海老とかイカとかのシーフードやら野菜たっぷりの鍋を

この時期に日本では考えられん野外で

それもガスコンロではなく炭で

味のある鍋で堪能した




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日本の冬みたいに寒くはなかったけど
野外で熱々の鍋を食べるのもなかなかよかった



日本にはないちょい甘めのタレをたっぷりつけて食べるのが
こっちのやり方らしく
それが熱々のシーフードや野菜とマッチしてとてもうまかった



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俺たちしてみればそれだけで十分に贅沢なのだが
今日はさらに贅沢にビールも飲んだ



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久し振りの友と共に知へ

久し振りに3人で飲むビールは格別だった



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クリスマスイヴに男3人っていうのはちょっとさみしくもあったけど
俺にとってそれはいつものことで特に問題もなく

とってもとっても贅沢でおしいい鍋を楽しく頂きました



久し振りのラオスと久し振りの尚吾

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昨日の夕方ベトナム中部の街”フエ”に到着した
ビザの関係で1泊しか滞在できない俺たちだったが


ビザ以上にPC作業に追われ
到着後観光もせず部屋に閉じこもりひたすら作業をこなしていた


夕食を食べに1度外に出た時も大好きな街歩きを我慢した



実際そんな缶詰にならなければならないほど
山のように仕事があるわけではないが
効率の悪い俺は時間がかかって仕方がない



その夜も藍と交代でPCをまわして作業をしていたのだが
藍が3時頃に腹痛のためダウンしてしまった



今日ラオスに移動するバスが朝の6時に出発するため
遅くとも5時には起きなきゃいけなかったが

眠欲に対してモッカ連敗中の俺が一度寝てしまったら起きれるハズはなかった



バスはすでに予約していたし何より今日中にベトナムを
出国しないとビザがきれてしまい大変なことになってしまうので
いつものように「明日があるさ」とは言ってられない

いつものように「1時間だけ」と言って寝てしまったら
間違いなくバスを逃してしまうと思ったし藍はすでに深い眠りについていたので
俺が起きているしかない、と思い寝ずに作業をした



4時頃激しい睡魔が俺を襲い必死に格闘した
頭が朦朧とし作業はちっとも捗らなかったけど俺はなんとか寝ずにやり過ごし
時間通りに宿を出た



外はまだ星がきれいに見えるほど真っ暗だった
暗闇の中いつものように重い荷物を背負い
バス乗り場の”シンカフェオフィス”を目指した


この街に来て2日目だったし
っていうか初日もろくに歩いてなかったために
街を把握できておらず
朝早くから店の準備をしていた食堂の人やホテルの警備員に聞きながら
シンカフェオフィスを目指した


人に尋ねながらしてなんとか時間までにシンカフェを見つけたが
オフィスは閉まっていた


朝6時出発のため人に「5時45分までにオフィスに来い」と
言っておきながら時間にオフィスが開いてないってどういうことやよ!
と文句を言いたくなったがそれ以上に場所がちゃんと合っているか
ちゃんとバスに乗れるかっていう不安の方が大きかった


5分経ち10経ってもオフィスが開く気配はなく
近くを通る人に尋ねてみるとここの近くにもう1軒オフィスがあるとのことだった


そういうことか!そっちのオフィスに行けばよかったんか
と、一気に不安が解消され小走りめにもう1軒のオフィスに向かった


が、もう1件のオフィスも閉まっていた


どういうことやよ!?
なんでオフィスが2件あって2件とも閉まっとるんやよ!


と怒る気持ちが沸いてきたがやはりそれ以上に不安と焦りの方が大きかった



2軒目はフェイントで実は1軒目が今になってオープンしてるかも!?って思って戻った
俺の体重の半分近くある荷物は確実に重かったがダッシュせずにはいられなかった


1軒目のオフィスに戻ってみるもやはり
人の気配もオープンの気配もなく
どうしようもない不安が襲ってきた


時刻はいつの間にか出発時間の6時を過ぎていた
もしバスを逃してしまったら300000ドン以上するバスチケットが無駄になってしまう
そして今日中にベトナムを出なかったら相当面倒なことになる
と、かなり不安になったが
どうすることもできずその場でオロオロしていた


すると10人乗りくらいの白いバンが来て
サバナケット(ラオス)行きかと聞いてきた


シンカフェはベトナムら辺ではかなり大手のツアー会社なのに
車になんの表記もなくちょっと怪しかったけど他に頼れるものはなく乗り込んだ



バンはシンカフェのものか
同系列のものかは分からなかったが間違いなくシンカフェ関連のもので
俺たちを目的地まで乗せてってくれた


俺たちを乗せたあと他の2箇所で5~6人の客を拾ったがそのときに随分待たされた
そしてそのあとなぜかレストランの前で20~30分の朝食休憩をとった


俺たちがバスに乗って20分ほど経ってからのことだった


そんな休憩は要らんしたくさん待たすんならはじめから出発時間を遅くしてくれよ、と思ったが
かなりバタバタの出発だったので美味いコーヒーをゆっくり飲んでやった




昨日は一睡もしておらず早く快適なバスに乗り換えて
バスに揺られながら深い眠りにつきたかったが
バンはいっこうに乗換えをせずそのまま1時間半も走りやがった


バンの前の真ん中の席ではゆっくり寝ることもできなかった



ドンハという町に着き
ようやく長距離バスに乗り換えた


シンカフェは大手の会社でバスもかなり快適なハズだったが
なんでかわからんが今回は提携会社かなんかのボロいバスに乗る羽目になった



ボロいバスだったけど2シート使うことができ
ようやく眠りにつくことができた



そして8時間半の道のりをほとんど寝て過ごした


気づくと国境を越えており一ヶ月以上ぶりにラオスに戻ってきた



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朦朧とした意識の中で見たラオスの風景は信じられんくらい田舎やった

そこでは子どもたちが無邪気に遊んおりなんとも素朴な感じだった


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こんな村を歩き
人々と触れ合えたらなーって思ったけど
こんな名前もないような村にバスは止まらんやろうなーって思って
すぐまた眠りについた



次に目を覚ますとバスは目的地のラオス・サバナケットに着いており
バスを降りると尚吾が迎えに来てくれていた



久し振りにきたラオスで12日ぶりに尚吾と再会した


俺よりも先に1人旅をやり遂げた尚吾は
多くの出会いをし多くの物を得たようにみえた


そんな尚吾と合流し今日からまた
3人のSALの旅がはじまる




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    人生を賭けて飛び出した海の向こうで

    何を見て、
    何を感じ、
    何を考え、
    何を得るのだろう?

    タフな旅に憧れながらも小綺麗に魅せたい、
    シャイでネガティブ思考な男

    早川愛二の世界一周ブログ
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