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サパで

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写真を撮るときはいつも写真を撮っていいか聞いてから
とるようにしてた

ここサパでも同様に写真を撮っていいか聞いていた


少数民族は誰もダメだとは言わないけど
みんなお金を要求してきた


写真は撮りたかったけど写真のためにお金を払うことはできず
仕方ないので盗み撮りばかりしていた


でも欧米人とか他の観光客を見ると
けっこうお金も払わず撮っていいかも聞かずに
堂々と撮っている人がけっこういた



写真を撮る前に許可を得ようとするとお金を要求されるわけで
許可を得ずに強引に撮っちゃえばいいんかもって思った

なんかちょっと人間的にいけない気はしたけど
かと言ってお金は払えんしでも写真は撮りたいからそれしかないかなって思った




山の方に向かって歩いていると
でっかい竹で煙草を吸うおばあちゃんがいたので
絶好のフォトチャンスやと思って許可も得ずに写真を撮った


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最近はうしろから盗み撮りしかしてなかったから正面から撮れるのはよかった

なんかちょろちょろっと話もしていい感じやったけど写真を撮り終わって行こうとしたらお金を要求した


初めは愛想もよかっていい人やと思っとったけどお金のためやったと分かったらちょっと悲しかった

写真は大切やけど

でも写真にお金は払えんくて(実際移動もあって有り金少なかったし)
ごめんねって言って断ったらすごい怒っちゃって困った


何回も謝って事情も説明したけど
分かってもらえず超怒っててなんともきまずい雰囲気だった


結局相手は怒ってどっかいっちゃったけど
なんかすごい申し訳ない気分になった









自分でも良くないのかなぁと思うけど
俺は話しかけてきた売り子に対して特に買う気がなくても
話をしてしまう。話を聞いてしまう。
無視してしまえば売り子も別の客を探すんだろうけど
へたに話をするもんだから当然売り子は営業をかけてくる

俺はいらないよ、と言うんだけど
はじめにちょっとでも話をしてしまうと
”俺みたいな客には売れる”と思うのか断っても断っても営業をかけてくる


一昨日会ったおばあちゃんもそうだった
おばあちゃんの方から

「どこから来たの?」

って話しかけてきた

民族衣装を着てるから売り子なのはすぐに分かったしそれが営業なのも
なんとなく想像もできたんだけど

そういう件から入られるとついつい答えてしまう

相手はけっこうなおばあちゃんで英語もほとんどしゃべれないから
ちょっとした会話のあとすぐに売り物を見せてきて
いらないか?と言ってきた


俺は買う気は全然なかったのでNOとハッキリ断った

俺は断ってるんだけど
おばあちゃんは何度も何度もいらないかと言ってくる


そのときは尚吾とアウターを見に来ていて
尚吾が服を探していて
俺は待っている時だったから
そのおばあちゃんから逃げる訳にもいかず
かと言って無視もできずずっと断り続けていた


俺がいらないと言うと
次から次へと違うものを取り出し俺に見せてきた


もう一通り民芸品は見ていたので
不思議な音のする笛のことも知っていたし
民族衣装も
ななめがけのポーチも銀のブレスレットも
帽子も
いくら見せられても今の俺には必要ない物だということは分かっていた


俺は

「ごめんね、買えないよ」

と言ってもひたすら

「これなんかどう?買って」

と同じ言葉を繰り返してきた


切羽つまったような顔でもなく
難しいやら怒ったような顔でもなく
たまに笑顔が入るような優しい顔でずっとずっと話続けてきた



このおばあちゃんから何か買ってあげたいなって思ったけど
でもやっぱり必要のない物にお金はつかえなくて
何も買えなかった


このおばあちゃんが喜ぶように何かしたかったけど
このおばあちゃんが求めているのはお金だろうと思うと
やはり何もできなかった


尚吾の買い物が済んだので
おばあちゃんにのど飴をあげてその場を去ろうとしたけど
おばあちゃんはずっとついてきて
ずっと営業を続けてきた


なんともやりきれない気分になった







このおばあちゃんをはじめ
たくさんの売り子が自分の村からサパにやってきて外国人観光客相手に
営業をかけている

客がいないときは道端なんかでも座って
商売用の刺繍品なんかを縫ってたりする


小さい小さい子どもから
けっこうなおばあちゃんまで売り子として働いている

この人たちはよっぽど貧しく
必死で働かないと生活していけないんだろう


だから世界一周が終わって
めっちゃ働いてお金持ちになったら
またここに戻ってきて民芸品をたくさんたくさん買ってあげようって
ちょっとでもおばあちゃん達の生活が楽になるようにしてあげたいなって思った






でもそのあとで
このおばあちゃん達はお金を手にすれば幸せになれんやろうか
っていう疑問が沸いてきた


ただ単にお金を渡すことや大量に民芸品を買うことはかんたんやけど
それって本当に彼女らのためになるんやろうかって思った


本当に彼女らのことを考えるんなら
なんかそれじゃダメな気がした


よく分からないけど・・・



そういうことは俺にはちょっと難しすぎるな




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2010年の抱負

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2010年の抱負





日本で旅の期間について話したとき
オーストラリアで語学学校が終わってから1年半くらいかけて世界を一周しよう
それぞれの考えやお金のことも考慮して一応そんな風に決まった


オーストラリアの語学学校を終えて4ヶ月経ったけど
俺たちは今東南アジアのベトナムにいる

あと1年ちょいで残りをまわるなんてとてもできそうにないペースでまわっている

今のペースでしっかりとプランを決めずに行ったらあと2年でも3年でもかかってしまいそうな感じだ
欲を言えばもっともっとゆっくりまわりたいくらいだけど・・・



日本で頑張って貯めたお金だけではもちろん足りるハズもなく
かといって今以上にかつかつで内容の薄い旅にもしたくなく
途中で借りるか働くかすればいいら??

なんとなくそんな流れになっている


という訳で俺は2010年はフルに旅を続けていると思う


だから2010年の抱負というよりも
今後の旅について考えたい


まず強く思うのは
もっともっと充実した内容の濃いものにしたい

今の俺は夢の世界一周を実現しているにもかかわらず
幸せでいっぱいなわけでもなく
達成感でいっぱいなわけでもなく
充実感でいっぱいなわけでもない


楽しい思いはたくさんしてるし
いい思いも悪い思いもたくさんして
いろんな経験もしてるし
いろんな人に出会って素敵な時間も過ごしてはいるから
不満があるわけではないんだけど
まだまだこんなもんじゃいけないと思う



家族や親戚や会社の人の反対を押し切って
まわりのたくさんの人に協力してもらって
たくさん心配をかけてたくさん応援してもらって


今ここにいるのに

100%満足のいく旅ができていない







だから今年はもっともっと駆け抜けたい

もっともっと突き抜けたい


去年の俺はまだまだ感情が表しきれてなかったように思う
世界一周を存分に踏みしめてなかったように思う


せっかく夢の世界一周を実現中なんだから


もっと自分に素直に


もっと激しく


喜怒熱哀楽を表現したい


もっともっと自分らしくありたい







外国”に”旅”にもっともっと深く入りこみたい


もっともっと多くのものに目を凝らし、耳を傾け、身体で感じたい

もっと奥の方まで

もっと深い所まで

感情を持っていきたい



せっかくの世界一周をもっともっと心から楽しみたい




”たった一度きりの人生を最高のものに”

するための”世界一周の旅”をもっともっと良いものにできるように

2010年もっともっと駆け抜けたい


そんな風に思う







そんな思いとは別に2010年に
やりたいこと、やり遂げること



1、1番大切なものを1番大切にする

2、胸をぎゅーんって締め付けるほどの恋愛をする

3、ヒッチハイクで旅をする

4、1人旅をする

5、尚吾、藍以外の人と旅をする

6、海外でお金を稼ぐ

7、自転車で旅をする

8、毎月5冊本を読む

9、もっと英語の勉強をする

10、もっと自分を向き合う時間をつくる

11、我慢せず興味のおもむくままに、欲求に素直に行動する

12、ブログを書き続ける

13、ブログの読者を増やす

14、旅仲間を増やす

15、生き抜く!(帰国しなければならないような怪我や病気をしない)















俺の体を気遣ってくれる文章をはじめ
たくさんのメッセージをもらいとても嬉しく有り難く思っています



今年も頑張ってブログを書き続けます
今年もSALの応援をよろしくお願いします







          2010年1月1日

                        SAL IG








IGの2009年

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2009年を振り返ってみると3つのことを思い出す



1つ目は東京での失敗




1年経った今ではたくさんたくさんたくさん考えることができたし
辛い思いもできたし、そのために新しく出会えた人もいたし
いろんな経験ができたので肯定的にとらえるようにしている



だけど結果として多くの人に迷惑をかけたことは
反省すべきだし申し訳なく思っている


特に両親と尚吾と碧人

尚吾とは3年も前から世界一周を夢を見、計画してきたのに共に出発できず
1人で行かせてしまった

碧人の家には当初1週間の予定で居候させてもらうハズだったのに
最終的には2ヶ月もやっかいになってしまった

そして両親にはとにかくたくさん心配をかけてしまった
ただそのおかげで普段ほとんど話さない両親の愛を感じることができてよかったし嬉しかった








2つ目はオーストラリアでの語学留学



もしかしたら今までの人生の中で1番幸せだった3ヶ月間だったかもしれない

英語の勉強はおもしろくなかったし
全然分からんかったし
今も全然話せんけど

外国人の友達がたくさんできてよかった
深く話すのはやはり日本の友達だったけど
学校に行ったら多くの人が親しげに話しかけてくれた


ホームステイをしているときは
ホストファミリーに恵まれ
何かにつけてよくしてくれて幸せだったし


尚吾や藍と住みだしてからは最高やった


尚吾と藍はもちろんのこと、他にも代わる代わる一緒になった3人の
女の子もどれもいい子ばかりで文句のつけようがなかった
やっぱ女の子がいると生活に華があるしね



自分たちで食材を買い
自分たちで料理した
洗濯も掃除も全部自分たちで
やらなければならなかったけど何も苦にならなかった


口うるさく俺らを縛るものは何もなかった
全部自分たちの好きなようにやれた


ビールは箱で買った
多い時には2箱買った


週末は必ず友達を呼んでおいしいものを作ってパーティした

そのあとはクラブに行って踊ったり
ノリノリな音楽を聴きながら朝まで飲んだりした

まわりの部屋から苦情がくることがよくあった



暑い日は学校から帰ってきてアパートのプールに入って涼み
寒い日はジャグジーに浸かって恋愛トークをしたりした






自由はまさにそこにありそこはまさに楽園だった

本当に誰にも縛られることなく自分たちの好きなことばかりやっていた


とっても贅沢で本当に今までの人生の中で1番じゃねーかなって思うくらい幸せなときだった




そして3つ目は夢の世界一周がはじまったこと


限りなく広い大地と果てしなく広い空を持つオーストラリアと
意外と羊よりも牛を多く見かけた緑が青々としたニュージーランドを

4人乗りのセダンで駆け抜けた

走っても走っても同じ景色が続いた
一日に1000キロ走ったこともあった

夜は節約のため4人でギュウギュウ詰めになって寝て
食事は3食食パンにポテトチップスを挟んで食べた



不安と期待でいっぱいだった初めてのアジアはやはり
すごいパワーを持ったエネルギッシュなところだった

物価の違いが1番の印象で
服や雑貨やアクセサリー、宿や交通手段、全てにおいて
驚くほど安かった

特に食べ物は安くて美味しくて衝撃だった


前評判はあまりよくなかったけど
確かにぼったくりもひったくりも詐欺もあるけど
思っていたほどではなく
大半の人は親切でいい人が多い

その居心地の良さにすっかりハマってしまっていて随分と長居しているし
これからもできるならどっぷり浸かっていたいと思うほどだ




旅をしていていろんなものを見たりしたけど
それよりも人との出会いの方が俺の中では財産になっている気がする
素敵な人に出会えた


尚吾や藍とケンカをすることはないけど
すれちがいからイラっとすることもあるけど
今んとこうまくやっている




俺らは3人で旅をしている



俺らは3人で楽しくやっている



俺らは今、夢の世界一周の旅をしている



かけがえのない最高の時をかけがえのない最高のトモとトモにしている



その現実がとても嬉しいし有り難く思う



激動の2009年だったけど俺なりに楽しめたと思う



でも俺らの旅は始まったばかり

来年は今年以上に激しい喜怒熱哀楽な旅をしていきたいと思う








ブログを読んで下さっている皆様へ



いつも僕のブログを読んでくれてありがとうござさいます

分けわかんなかったり全然おもしろくなかったりするかもしれませんが

毎日必死で書いています。

来年も頑張って書いていくのでぜひ読んでください。

来年もSALの応援を宜しくお願いします。

それではみなさま
よいお年を。




2009年12月31日

SAL IG







サパの街

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サパの街にやってきた

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ハノイから北西約400kmのところにある山岳の町。20世紀初めのフランス統治時代に
開拓された小さな町で、その景観美に入植したフランス人も息を飲んだという。
少数民族と触れ合ったり、市場で少数民族の手作りの刺繍品やアクセサリーなどの買い物も楽しめる。
標高1650mのサパは、最近では高原の避暑地として注目を浴びている。



そんな避暑地のサパに12月末の真冬に来ちゃったもんだからもう寒くて仕方なかった
とりあえず現時点でできる1番の装備しててもそれが意味がないくらい寒かった
外はもちろんのこと部屋の中でも強烈に寒かった



部屋の中で吐く息すらも白くなるのは久し振りで
ここに来てようやく冬を感じた気がした



あまりの寒さにふと付知のことを思い出したけど
そういえば付知の12月はもっと寒かったなって思った

そして自分はどんだけ寒いとこに生まれ育ったんだろう









サパの街は標高が高いだけあって

遠くに青々とした山が見えた
そういえばそういう山を見るのも久し振りでなんとも懐かしくそういう風景も付知を思い出させた




街の外には棚田が広がっていた
段々と続く棚田の風景がなんともウルルンで見るような田舎の山奥の村のようでよかった
ホテルの近くにはきれいな池もあり清々しい感じの街だった


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街に着いてすぐに
いい街やなって
ゆっくりしたいなって思った



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街を歩き始めてすぐに少数民族を見かけた

寒いのに靴下も履かず、短いパンツに民族独特の染められた布をスネに巻き
藍で染めた濃紺の衣装をまとい
耳には丸い大きなわっかのイヤリングをしていて
まるでルーズソックスを履いた昔の女子高生のような格好していたけど
顔は立派なおばあちゃんだった


タイのバンコクやプーケットで少数民族を見かけたときは
特に何とも思わんかったけど
ここでベトナムの民族を見かけたらなんでかわからんけど興奮した



すぐにでも写真に収めたかったけど
イキナリ撮るのは失礼だと思ったから撮ってもいいか尋ねると
お金を要求されると思ってこっそり盗み撮りした


一応写真は撮れたけど”絵”的には全然よくなくて残念だった



せっかくの機会を逃してしまったと悔やんでいたけど
ちょっと歩いたら少数民族は全然少数じゃないくらいわんさかいた



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ここサパ周辺にはいろんな民族がいるらしく
違う格好をした少数民族がたくさんいた


みんながみんな売り子として
観光客相手に民芸品を売っていた




民芸品は

ゴールドやシルバーのブレスレットやブヨンブヨンと不思議な音のする楽器とか
ナナメがけのポーチとか財布とか民族服とか民族ズボンとか民族帽子とか
おっきなわっかのイヤリングとか強烈に目を引くカラフルなスカーフとか色々あった

スカーフはあまりに気に入りすぎて
そんなに必要ないしそんなにたくさん持てないのに勢い余って4枚も買ってしまった



売り子には5歳くらいの子もいて
その子は3、4ヶ月の赤ちゃんを背負いながら民芸品を売り歩いていた


ぶさい格好をしていて顔も汚れていて鼻水も垂らしていて
ちっちぇーのにもっとちっちゃい子を背負って仕事をしてて
なんとも言えんくなった



写真を撮っていいか尋ねるとちっちゃいのにしっかりしてて1ドル要求してきた
お金あげるかなんか買ってあげるかしたかったけどそういう金銭的余裕はなく何もできなかった


かわりに飴をあげて盗み撮りさせてもらった




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この日は大晦日だったけど
少数民族にとっては年越しよりも生きていく為の営業の方が大切なのか
遅い時間までたくさんの売り子が歩きまわっていた


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俺たちはこの日贅沢にもお店を貸しきり自分たちの好きな音楽をガンガンにかけ
SAL忘年会をした




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そして初めての海外での年越し

ベトナムでは日本のように初詣に行く習慣とかないのか
”旧正月”の方がメインなのかわからんけど
外で騒いでいるような人はいなかった


俺たちは3人で静かに年を越した



サパへ

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寒い寒いハノイ北よりももっと北にあってもっともっと寒そうだけど
少数民族が住んでておもしろそうな町サパに向かうことになった



今回愛用のシンカフェサービスは使わなかった
確かにシンカフェのツアーはサービス満点でホテルも良く、食事もおいしく、うまい具合に少数民族に会えたり
気持ちよくトレッキングできたりするんだろうけど
べらぼーに高かったので諦めた

かわりにハノイでうさんくさくて安い旅行代理店を見つけたのでそこで頼んだ

安い旅行代理店は
約束の時間の5時15分を10分ほど過ぎピックアップしにやってきた


俺たちの乗ったバンはハノイの気持ち悪いほどの渋滞に
はまってしまいなかなか進めなかった

わずかな距離を30分ほどかけて進み
どこかまた別の旅行代理店で降ろされ7時まで待たされた


そういう時はできればギリギリの時間にピックアップしほしいものだけど
幸い俺らにはUNOがあったので時間を持て余すこともなかった



長距離移動の前には心配でいつもトイレに行くようにしている
この日も一応ピックアップ前に済ませたのだけど
これから始まる12時間の移動に備えてもう一度しておいた方がよいと思い
旅行代理店でトイレに行こうとした

しかしこの旅行代理店には
トイレはなく向かいにある駅らしき建物でするように言われ

そうするべく向かいの駅らしき建物のトイレに向かったが

トイレの店の前で偉そうに座るおばちゃんに2000ドン要求されたので
我慢することにした


ちなみに2000ドンは10円くらいなので全然高くはないし
日本にいる人にはなかなか分かってもらえないかもしれないけど
俺はトイレに2000ドンは払いたくなかった






予定の7時よりも5分ほど前にバスがやってきた


小学校の時スイミングプールまで乗せてくような
”あおかわ2号”のような3列シートの小型バスだった



荷物も全部持ち込みで席にも余裕がなくこのバスで
12時間走るのとかちょっときついかもなって思った

暗くて本も読めなかったのでエア安眠枕を取り出して
すぐ寝る準備をしたけどちょっと走ると乗り換えになった


次に乗ったバスは大型の長距離バスでけっこう新しめのいいデラックスバスだった


乗り込むと土禁でバス内も明るくシートもきれいで
豪華な雰囲気が出ていて嬉しかった

更に嬉しいことに前の方には何人か人が座っていたけど
奥の方には全然座っておらず余裕で1人2シート使うことができた


ラオスの果てしなくぼろいバスが悲しくなるほどに豪華で
エアコンガンガンでブランケットまでついていて心地良かった



電気が着いた明るいバスの中で気持ちよく本を読むことができた



しばらく走るとどこかで停まり何人か人が乗ってきた


うしろにも何人かやってきて
開いている席に座ったり席の移動とかをしていた


席が気にいらんかったかわからんけどなぜかバスの乗組員を呼び
何かを文句を言い付け
2シート使っていた尚吾を無理矢理移動させ
尚吾は俺の隣に座った


うしろにはまだ空いてる席があったのに
意味がわからんかった


尚吾の前に座った奴も藍の前に座った奴も
確認もせずぎゅーんておもっっきり席を倒したから
2人の膝にごちりーって当たってた


寝ていた藍は飛び起きるように痛がってたし
尚吾はむかついて前の奴とバトってた


なんか一言でも言葉が通じんのならひと素振りでも
倒していい?って聞いてくれればお互い嫌な思いもせずに済むと思うんやけど
このバスに乗っていた地元の乗客にはそういった心遣いはなかった


俺も倒そうとして後ろの人に確認しようとしたら
後ろに座ってた欧米人は


「よし、好きなだけ倒していいぞ」


と言い、まるでかかってこいみたいなジェスチャーをしてくれた


そんな態度をとられたからシートを倒すっていう
なんでもない行為だったのに気分がよくなった




地元の乗客もそういう心遣いやマナーがあったらいいなと思った





このバスに乗っていた乗客、乗組員はなにかとマナーが悪く
あんまりよくは思えなかった


北部の人だからなのか
(俺らの中で前評判が非常に悪い)中国が近いからか分からんけど。



休憩所で店のおばちゃんにトイレの場所を聞いただけなのに
超面倒そうになぜかイラっとしたような怒り口調で


うるさいな、話しかけんなよ!あっちやわ

みたいな感じで言われた


そして残念なことにおばちゃんの指さした方にはトイレはなかった



休憩に入り次いつ出発するんかわからんかったから
乗組員に何時に出発するのか聞いただけなのに

シンカフェだったら絶対休憩に入る前に何分間の休憩ですって教えてくれるのに



うるせー、つべこべ言わずに乗りやがれ

みたいなこと言うし



違う休憩の時にお腹が痛くてトイレを探してて
乗組員に聞いたら


うるせーバスはまだいかねーよ


みたいなこと言われるし


話は最後まで聞いてくれんし
なんかみんないちいちイラついているように見えた

この人たちはみんな英語が通じんくて
外国人だから言葉が通じないからそうのかもしれんけど

他の所では言葉通じんくても通じんなりに一生懸命教えてくれたり
する人がたくさんいたのに

そういう親切な人が一人もいなかった


真夜中にバカでかい声でケータイで話してたりもするし

バスの狭い通路ですれ違う時とかほんのちょっとことでも
自分優先で一切譲り合ったりしないし

たまたまかもしれんけどなんとも不愉快な人たちに思えた







バスは進むごとに人を乗せ

最終的には乗客が席の数を越えあとから乗ってきたおっさんらは
バスの通路に横になって寝ていた

ほんとに何でもありなんだなって思った

バス会社も人数把握して人乗せれよって感じだったし
俺らがいろんな人から聞いていた恥じなどは一切なくマナーの悪い中国人像のような人たちだった





トイレの場所も教えてもらえないのでしょうがないので我慢することにし
そこからサパに着くまでの2時間半激しい腹痛と闘った







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Profile
    人生を賭けて飛び出した海の向こうで

    何を見て、
    何を感じ、
    何を考え、
    何を得るのだろう?

    タフな旅に憧れながらも小綺麗に魅せたい、
    シャイでネガティブ思考な男

    早川愛二の世界一周ブログ
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