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ウランバートルへ

3月30日





ウランバートルからホームステイ先まで車で約12時間。
移動は1日がかりだから30日に帰ることになっていた僕としては
運転手のウンドゥルオーさんは前日の29日のうちに来て
30日の早朝に出発すると思っていた



でも29日のうちにウンドゥルオーさんは来ズ、心配していた







そうしたら9時頃に車のエンジン音が聞こえて
外を見てみると僕が来る時に乗せてもらった三菱デリカだった

来た時と同じように日本語が話せるお兄さんも一緒に向かえに来てくれた





お兄さんはすぐに出発するよって言った
僕も12時間がかりなのは承知だから早く出発した方がいいって思ってたけど

ウランバートルからやってきたお客さんを
うちのお父さんやお母さんは歓迎しないわけにはいかズ、
そんでウンドゥルオーさんもその歓迎を受けないわけにもいかズ
少しゆっくりしてから出発した







お別れはウルルンみたいに感動モノじゃなかったけど
お父さんとお母さんはずっと手を振ってくれていた


こっちの降る手が相手に見えたか分からんけど
僕もずっとずっと手を振った




お父さん、お母さん1ヶ月ありがとう!!


0330a.jpg








ションコーはドントゴビっていう町に行くために同乗した




この日は曇りがちで風もありおぞい日だった
砂埃が舞い、遠くの景色が見ることができなかった






0330b.jpg



前に車が通った跡があるとは言え、方角なんてわからんようなもので
運転は大変だったと思う



パリダカみたいな小さい丘がある荒れた砂地を40分くらい走り、
ウルジートという町に着いた





来る時にも寄ったウンドゥルオーさんの友達のボルさんの家に
お邪魔させてもらいそこでも少しゆっくりさせてもらった





あんまりゆっくりしてたらウランバートルに到着すんのが
遅くなっちゃうんじゃないかと心配だった

1時間くらいしてようやく再出発しようってなった時に
ボルさんの隣の家の人がウランバートルまで行きたいので乗せてってほしいって
ことになって、今度はその人の準備に30分ほど待つことになった





車の中で待っていると青い民族衣装に身を包んだやたら化粧の濃い菊川怜似の女の人が出てきて
車に荷物を積み始めた


年齢は30代半ばから後半とかだったと思うけど
モンゴルで1ヶ月お母さんと近所のおじさんの奥さん以外の女性を見てなかった
僕にとっては魅力的に見えた



それまで隣に座っていたションコーがうしろの席に移動した



僕は”菊川怜似”が隣に来るのかなってちょっと心躍った






けど、実際乗ってきたのは、恐らく”怜”のだんなで
猪木が着てるような真っ赤なガウンみたいなのを羽織った
吉本新喜劇に出てくるウカワコウイチみたいな人だった





この人はタダで乗せてもらう片身の狭い男のハズなのに
ズータイと同じように態度もデカく、中列の3席あるシート(座席)の
2つ分を使って座ってきやがった



しかもなんも気にせず足元にあるミルクが入ってる缶を僕の方に倒してくるし
2人分の席を使ってるにも関わらず肘を横にして僕のもたれかけてくるので
僕は1人分の席もまともに使えずにすみっこで縮こまっていた





「300ドルも出してこの車をチャーターしたのはこの僕だぞ!!」



って怒鳴って叱ってやりたかったけど
モンゴル語ではなんていうのかわからんかったから言わんズにおいてやった






こんな狭い状態でウランバートルまで12時間も車に乗っとるなんてきついなー
とか思いながらブー垂れて窓の外を眺めていた






2時間ほど走ると
ドントゴビの町に着き、そこでションコーと別れた



ゲルでずっと手を振りながら別れたお父さん達に比べたら
ちょっと中途半端な別れ方だった




ションコーと別れてすぐぐらいの時に
ウカワのケータイの変な着メロが流れ、ウカワはズータイと態度と同じような
デカい声で話はじめた


「いい加減にしろよ!コノヤロー!!」




って言ってウカワの垂れた下唇と顎ら辺を殴ってやろうと思ったけど
電話中やったのでやめておいてやった




電話が終わったのでそろそろ殴ろうかと思ったら
ウンドゥルオーさんと少し話し始めたので、もう少し待ってやった




そしたら車は停車し、ウカワ降りていった


ウランバートルまで行くって聞いてたけど、ドントゴビで降りてくれた









ウカワを降ろしたあと、スタンドに寄りガソリンを入れた


ホームステイ先に向かう時もここでガソリンを入れたけど
あの時はこのスタンドに来るまでに8時間くらいかかっていたので
今の感じで行ったらウランバートルに着くのは22時頃かなって時計を見て計算した






行く時と同様、道無き道を走った

途中で道を見失っては戻り、人に聞いたりしながら
新しい道を見つけ、また走った




行く時に比べたら雪は少ない感じがしたけど
所々に雪が残っていたり、雪がとけて道がぬかるんでいたりしてた




進んでいくと、雪が解けて水溜りができてる所に1台のトラックがハマってた




0330d.jpg


助けを求められ、自分らの車とハマってるトラックを紐で結んでひっぱりあげた

0330e.jpg


こういう事はしょっちゅうあるらしくて、そういう系の道具もちゃんと車に積んであった



昨日ウンドゥルオーさん達が来るときもハマってしまい、
1時間かかっても抜け出せず、たまたま通りかかったバスに助けてもらったらしかった





トラックを救出し終えたあと走っていたら
今度はさっきの3倍くらい大きいトラックが道を外しててそれと同じくらいの大きさの
クレーン付きが救出にあたってた

0330f.jpg




モンゴルは道が整備されてないし、こういうトラブルは多いらしい











7時を過ぎ、辺りが暗くなりはじめた頃に雪がチラつきだした

その時は
もう3月も終わろうとしとんのに雪降るんやなって全く他人事のように気にしてなかった



でもさらさらと静かに降っていた雪はいつの間にか猛吹雪になっていた



0330g.jpg



お母さんとションコーがなかなか帰ってこれんかった時くらいの猛吹雪に。








運転手のお兄さんはワイパーを動かすけど
ワイパーのゴムが緩くなってるのか正常に働いてくれず
全然窓にぶつかってくる雪を取り除いてくれんかった


仕方なくお兄さんは車を停め、足元に転がっていた軍手で
窓を拭いていたけど、拭きとっても拭きとっても雪はすぐに積もった



吹雪の勢いが強すぎて道が見えず、前も見えず
時速5キロくらいでノロノロと走った




それでも何度も道を見失ってしまい、戻ったりして道を探しながら走った







そして外はいつしか真っ暗になり、僕たちは完全に道を見失った



0330h.jpg








ウンドゥルオーさんとお兄さんは猛吹雪の中、車から降りて道を探した

進路を間違えればそれは死につながるらしく2人とも必死に必死に道を探していた

0330i.jpg





5分くらいかけて道を見つけ、走りだす。
2分くらい走ると道を見失うのでまた探す。




それの繰り返しだった





僕は言葉も通じんし外に出ても役に立たんし、外はびっくりするくらい寒かったからずっと
車の中にいた


暖房のかかってない車の中も寒かったけど、吹雪が入ってこないだけマシだった





吹雪はちっとも止む気配はなく
2分走っては道を見失い、5分道を探す


そんな地道な作業を2時間半くらい続けた







2時間半経っても数キロか10数キロしか進まんかったと思うけど
目の前の猛吹雪を見て道を間違えたら死に関わるっていうのは理解できた



ただ僕はウンドゥルオーさん達と一緒に道を探すことはできなかったので
ひたすら雪が止むことを願っていた









10時半頃、3台の車が遠くを走っていくのが見え、
もうスピードでその車を追った




彼らがちゃんとした道を知ってんのか
あとをついていけば大丈夫なのかわからんけど

お兄さんは2台のロシア製らしきバンと1台のトラックに追いつき
それからはずっとついていった




追いついてからは、彼らのあとをついていくだけだったので
わりと順調に、多分時速30キロくらいで進めた








順調に走り出した安心感か
順調に走りだした小気味良い揺れのためかわからんけど

僕はうとうととしていた





気がつくと時計の針は12をさしており
知らぬうちにどこかの町についていた







外はさっきまでよりもっと凄まじい吹雪になっていて
これ以上進めんと判断したらしく、

「今日はここで寝るよ」

って言われた




僕は了解!とは言ったものの
こんな寒い車内で寝れる訳ねーだろって思った


車の暖房は壊れてんのかちっとも効いてねーし
でもエンジンかかってたら少しはあったかいと思うけど
当然のように(エンジン)きってるし。





外は-10何℃とか-20何℃の世界。


エンジンきった車なんて
吹雪をさえぎるだけのただの鉄の壁




ウンドゥルオーさんは自分の毛皮を、
お兄さんはスノボ用のブーツを貸してくれたけど



焼け石に水というか
戦闘機に立ち向かう兵隊に竹やりを与えた程度で



その装備でこの寒さの中、眠りに挑むのは無謀な気がした







車泊の経験は過去にある

9月のニュージーランドでは寝袋に入ってんのに寒くて
寝れんっていうことも経験した



でもこの時の気温はNZのときよりも格段に寒かったと思う




こんな中でしかも寝袋無しで寝たら僕ははほんとに死んじゃうと思った



だから僕1人それを使うのはとっても心が痛かったけど
命には代えられんと思って


対モンゴル用に買った-7℃まで適応する寝袋を使おうと思って
うしろを見たら、すでにウンドゥルオーさんの枕にされていた






僕が死んだらウンドゥルオーさんのせいにしよう

まぁ凍死やったら苦しまずに死ねるやろうからいいかなって思って
そのまま寝ようとした






けど寒すぎた

ドア側からは強烈な冷気が襲ってきた


お兄さんが貸してくれたブーツはとってもあったかいやつのハズなのに
それでもダイの大冒険のレオナ姫みたいに足が凍っていきょうる感じがした







5分くらいしたら
お兄さんのイビキが聞こえてきた



こんな寒い中でよく寝れるなって感じだった









僕は当然のように寝れんかった






仕方なくこの状況を一時でも
忘れれるような楽しいことを繰り返し繰り返し考えてた







意識が朦朧としだしてきた2時半頃、
隣に停まってた3台の車のエンジンのかかる音がして僕はハッとした


そして3台の車はあっという間に走りだしていった

その車のエンジン音で目を覚ましたお兄さんも慌ててエンジンをかけ
行ってしまった3台を猛追した



猛猛吹雪は止んでいたけど
道にはすごい雪が積もっていた




お兄さんの猛追により
先に行った3台にはすぐに追いついたけど


前の車はよく雪にハマってたので急ぐ必要はなかった




先頭を走ってるからか分からんけど
前を走る2台のロシア製バンはよく雪にハマってた



その度にみんなで降りて下を固めたり、ひっぱったり脱出するために色々やってた

10分くらいかけて雪から脱出し、また走りだす



5分くらい走るとまた雪にハマる



今度はそれの繰り返しだった


先頭を走るからか、運転の仕方が悪いのか、車が悪いのかわからんけど
前の車はホントによく雪にハマってた


お兄さんの運転するこの車は1回もハマらんかったのに。







脱出するのに30分以上かかったこともあって
全然進めんくて僕は少しイライラしていた


けどお兄さんは彼らが雪から脱出するのを待ち、ひたすらあとをついていった


あんな奴らは抜かしてさっさと前を走ればいいのにって思ったけど
僕にはどうすることもできないのでだまって寒さと闘っていた



そしてそのうち気を失うように眠ってしまっていた










次に目を覚ますと
外は明るくなっていてどこかの民家の庭で4台で休憩していた

0330j.jpg




時刻は7時、
ホームステイ先を出てから21時間経過していたけど
ウランバートルはまだまだだった




でもまわりも明るくなってたし道もはっきりした車輪のあとがあったので
休憩後はロシア製バン達を追い抜いて先を走った


0330k.jpg





しばらく凸凹道を走ると舗装された道に出て、そこからは60キロくらいで快速に走った




そんで快速のまま2時間くらい走ってようやく、
ようやくウランバートルの街並みが見えてきた




9時半頃にウンドゥルオーさんの家に着き、
23時間半(400?)の長い長い長ーい移動を終えた






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    人生を賭けて飛び出した海の向こうで

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    タフな旅に憧れながらも小綺麗に魅せたい、
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